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なぜ、南アフリカなのか?(12)-最終章- 

 これまで、私の現在に至る経緯を述べてきたが、そろそろまとめに入ろう。
 
このテーマ、「なぜ、南アフリカなのか?」
まず、ワインに関しては、

* 南アフリカのワインは、まだ一般的にはあまり知られていないし、それを専門とする会社も無かったこと。反対に、この国に特化することで、日本に「南アフリカワインを専門的に伝える役目」としての存在意義がある。

* 南アフリカのワインには、今までの日本市場にはなかった「黒人の経済的自立を応援するというフェアトレード精神のワイン」があったこと。このワインに取り組むことが、現地の雇用の安定と促進につながる。

* 南アフリカワインは発展途上中であり、今後も伸びると予想されている。ポテンシャルが非常に高いワイン生産国として、今後も注目すべきな国なので。

次に、南アフリカという国については、
* この国は、「世界の縮図」と言われるくらい沢山の問題を抱えている。貧困、犯罪、失業、貧富の格差と富の分配、都市と田舎、人権、多人種・多文化、宗教、エイズ、環境問題、核問題、平和など、問題は山積みだ。その中でも、人類史上最後まで公然と人種差別政策を続けてきた国が、これまでの対立を乗り越えて協力する国家を築けたこと。世界で唯一、自発的に核兵器の開発をやめた国など、世界の模範となる例は多い。この国を研究し、この国で行なわれている数々のプロジェクトやサクセス・ストーリーは、他の国でも参考になる。たった一つの国のことだが、世界に通用するテーマとプロジェクトに事欠かない。この国の中から一つでも多くのサクセス・ストーリーを生み出し、他の地域へ応用していくことが、この国にできることであり、役目であろう。言葉は適切ではないかもしれないが、「世界の実験場」としての役割を担える国である。

* 一方で、この国の多様な人種と文化、そして、自然が世界的にも稀なほど「美しい南アフリカ」を形成している。2002年には、海外旅行部門で「世界で最も行きたい国」にも選ばれているほど観光資源に恵まれている。さらに鉱物資源も含めて、これほど豊かな国も世界にはないと言っても良いくらいだ。また、経済的にも着実に伸び、いわゆるBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の次は南アフリカだとも言われている。南アフリカ経済の向上とともに、益々この国の注目度は上がることだろう。

* 南アフリカは、アフリカ大陸の中では経済力では圧倒的な力を誇っており、今や、この大陸の盟主的な存在として、国際舞台で活躍している。また南部アフリカを中心に、周辺地域とも積極的に関わり、協力関係を結んでいる。この国を応援し、この国の発展を手伝うことが、イコール、この大陸全体の発展にもつながる。

このように「南アフリカを研究することが、今の時代を生きる我々にとっても参考になることが多く、また、この国と関わり、この国が発展することが、アフリカ大陸全体の発展にもつながる。」

 以上。私のこれまでの経緯と、南アフリカと関わる意義について述べてみた。これらを御理解頂いた上で、今後も皆様と長く良いお付き合いが出来れば幸いです。(完)

<参考文献>南アフリカ観光局パンフレット

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なぜ、南アフリカなのか?(11) 

 しかし、実際はそんなに甘くなかった。マスコミに取り上げてもらっても、時間とともに問合せも注文も無くなって行った。「電話が鳴らない」これは、とても恐ろしいことだ。今でこそ、毎日注文があるし、忙しい時は電話もうるさい!と思ってしまうこともあるが、「電話が鳴る」ということは基本的に有り難いことだ。
 そもそも、酒業界なんか知らんし、酒販店やレストランなど、ワインの卸し先を持っていなかった。全くの素人には、この「お酒業界の習慣」も理解していない。やはりスタートとしては、条件があまりにも揃ってなかった。最初の資金は、あっという間に無くなった。
 結局1年と半年をもって、素人のワイン輸入事業は終焉を迎えることになった。その間、無給で働いた。苦しかった。嫁さんが働いて何とか生活を支えてくれた。「このまま何も残さず終わってしまうのか。」でも、ワイナリーに頭を下げて、「このワインを販売させてください。」とお願いした以上、引き下がれなかった。「何としても成功させなくては。」
 金も何も残らなかったが、幸い応援してくれる人達がいた。今の会社に移って、このワイン事業を続けることができ、何とかここまでやってこれた。
最初の事業開始から5年が過ぎ、6年目に入った。まだまだ課題も目標も完了するまでは、しばらくかかりそうだが、「スタート」という第1ステージは、何とかクリアできたように思う。これまでは、一生懸命滑走路を走って飛び立った飛行機が、これからは急上昇していく「飛躍の第2ステージ」だ。
これまで御協力を頂いた全ての人に心から深く感謝を申し上げるとともに、飛躍の第2ステージを成功させなくはならない。

なぜ、南アフリカなのか?(10) 

 それから10ヶ月ほどの準備期間を経て、その年(99年)の年末に初めてワインを輸入することができた。スタートは幸いにも「AERA」に掲載され、それによって、メジャーな新聞から全て取材が来て、多くのマスコミに取り上げて頂き、事務所の電話は鳴り止まない、便所にも行けないくらいの騒ぎになった。やはり「南アフリカ史上初の黒人生産ワイン」は強烈なインパクトがあった。上々のスタートだった。これでいける!と思った。自分の輸入したワインが店頭に並んだのを見て、私は目が潤んだ。初回輸入した6000本は、わずか2週間ほどで完売した。


なぜ、南アフリカなのか?(9) 

 「ワインを輸入する。」とは決めたものの、何もかもが私にとっては初めてだった。まずはワインの勉強。本を買って読み、ワイナリーに行って製造工程を教えてもらい、テイスティングもさせてもらって、ワインの品種や味を覚え、毎日毎日、ワイナリーに通い、とにかく飲んだ。
 次は、輸入の仕方。これも1から。輸入のための資金。これも人から借りた(感謝!)。何よりも、社会人経験0だったので、「人と働く」ということすらやったことがなかった。仕事は決めたものの、全てが0からのスタートだった。今振り返っても、いや、思い出したくないくらい大変だった。

なぜ、南アフリカなのか?(8) 

 「黒人達が白人達の協力を得ながら、自分達の経済的な自立のために作っているワインがある。」という話を聞いた。それが、後に輸入することになったワイン「ニュービギニングス」や「タンディ」である。早速彼らを訪問し、実際に自分の目と耳と舌で確かめた。「よしっ!。」
 南アフリカの歴史については、後日詳しく書く予定だが、「この国で長きに渡って抑圧され、人間としての尊厳すら奪われた黒人達が、ワインを通して経済的な自立を果たせるなら、それはどんなに素晴らしい、いや、画期的なことだろう。」
 それぞれのワイナリーの話は、また後日するとして、「彼らの頑張っている様子やサクセス・ストーリーを是非日本に伝えたい!」そんな気持ちにかられ、もう私の心は「ワイン、ワイン、ワイン。」一色になった。私は早速、日本にそれらのワインを輸入する準備を始めた。時は99年2月だった。

なぜ、南アフリカなのか?(7) 

 南アフリカには、その年(96年)の秋に渡った。初めはヘンリーの家に1週間程住まわせてもらい、その間に、日本に来た子供達(皆、黒人の子供達だった)の家でホームステイさせてもらえないか?と子供達に親に聞いてもらった。「やはり、南アフリカを理解するには、初めは黒人居住区で住むべきやろう。」と、私は勝手にそのように考えていたからだ。幸いにも、そのうちの一人の子の家(首都プレトリア西部のアタリジビルという黒人居住区)で預かってもらえるようになり、そこでいよいよ私の南アフリカの生活が始まった。
 そこでの生活は、今は省略して、またいつかします。半年間、アタリジビルで生活し、その後ケープタウンに移動し、大学に入った。大学生活も色々あったが、その話もここでは省略します。
 大学に入って3年、卒業見込みも出て、私はその後の仕事のことを考えていた。「アフリカの発展になるような仕事をしたい。」と思ってここに来たけど、何ができるかな? ケープタウンは、美しくて魅力ある街やし、是非、ここを舞台に仕事をしたいと、頭の中でアイデアをめぐらせていた。
 面白い話を聞いたのは、その時だった。

なぜ、南アフリカなのか?(6) 

「必ず南アフリカに行くよ。」とヘンリーに約束し、その夏は終わった。
 一応、アメリカの大学にも願書を出す準備もしていたが、私の心は、もう南アフリカに随分傾いていた。現地の大学で興味のある学部を調べ、電話やFAXで問い合せたりした。翌年春にはヘンリーや子供達に会うため、初めて南アフリカを訪問した。「アパルトヘイトが終わっても、俺は白人でも黒人でもないし、石でも投げられたりしないかな?本当に大丈夫かな?」それまでに随分色々な国も回ったが、南アフリカに対しては、そんな不安も抱きながらの訪問だった。しかし、実際には初めて見る南アフリカに私の心は随分躍った。その後、事前にアポを取っていた幾つかの大学を実際に訪問し、願書をもらって帰国した。
 早速願書を作成・郵送したら、第一希望だったケープタウン大学(http://www.uct.ac.za/)の教育学部に合格した!いよいよ、これで南アフリカ行きが決定したのだ!親は「なんでまた、わざわざ南アフリカやねん??????」と、いくつも?が付いたであろうが、私の気持をいつも応援してくれていた。感謝!

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