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南アフリカの歴史(5):白人が来る前の南アフリカ②  

前回の続き。

south-africa-map.gif
南部アフリカの地図(出典:Where to Stay in Southern Africa

もうひとつの先住民

バントゥー系アフリカ人

約1700年前から(西暦300年以降):

 もうひとつの先住民、バントゥー系アフリカ人の起源は、赤道周辺の農耕民で、1700年頃前から現在のモザンビーク(MOZAMBIQUE:上の地図の右上側の青緑色)やジンバブエ(ZIMBABWE:同地図の右上側のオレンジ色)からゆっくりと南下し、南アフリカにやってきて、ここで暮らし始めた。

 彼らはコイサン人よりも大柄で濃い褐色の肌を持ち、現在の南アフリカの人口の約8割を占める人達で、一般的に彼らは「アフリカ人」とか「黒人」と呼ばれている。

 アフリカ人は、コイサン人のように牛や羊の放牧や狩猟も行なっていたが、彼らとの決定的な違いは、鉄器や陶器を使い農耕を行なっていたことだ。アフリカ人の集落は5000人規模の都市的な集落もあった。


約1000年前:

 アフリカ人は、年間降水量20インチ(508ミリ)以上の土地(上の地図の黄色、オレンジ、赤色を含めて東側半分)の大部分を占拠するようになり、降水量が20インチ未満(上の地図のグレー、黄緑、青、紫色の西側半分)の土地では、農耕が困難なため、コイサン人が暮らし続けていた。

 アパルトヘイト(人種隔離政策)を行なった国民党(NP)政府時代の南アフリカの教科書には、「白人とアフリカ人は南アフリカの地に南北から同時期に到来した」という神話が書かれているが、実際はそうではない。ヨーロッパ人が最初にケープに来たのは500年前、定住したのは350年ほど前だ。


次回に続く。

参考資料:

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
■「南アフリカ」-虹の国への歩み(岩波新書) 峯 陽一 著

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南アフリカ[世界の旅]

南アフリカ南アフリカ共和国(みなみ―きょうわこく)、通称南アフリカは、アフリカ|アフリカ大陸最南端に位置する国。ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビーク、スワジランドと国境を接し、レソトを囲んでいる。首都はプレトリア。鉱物資源に恵まれ金やダイヤモンド

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