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南アフリカの歴史(7):植民地化と人種主義②  

前回の続き。

Riebeeck.jpg
ヤン・ファン・リーベック,出典:Brief History of South Africa

ヤン・ファン・リーベック Jan van Riebeeck

 ヤン・ファン・リーベックは、もともと外科医としてオランダ東インド会社に雇われたのだが、出世と金儲けが大好きで貿易にのめり込んでいく。1642年には対日貿易拡大を狙って長崎の出島を訪問している。

 その後1651年、32歳でケープの補給基地建設の指揮官に任命され、翌年の1652年に80名の部下と一緒にケープに上陸する(前回の話を参照)。

 ヤン・ファン・リーベックは、ワインの生産に関して非常に熱心な人で、彼がブドウの苗木をヨーロッパから持ち込んで南アフリカのワイン作りの歴史が始まる(1655年)。当時はケープタウンはヨーロッパとアジアを結ぶ航海の中継地点で、航海中の水やビタミン補給の役目として、ここでワイン造りが行なわれた。

 そして4年後の1659年、南アフリカで最初のワインが出来上がった。その時のファン・リーベックの日記が残っている。

1659年2月2日(日曜日)
ヤン・ファン・リーベック(40歳)の日記より。


「温かくて気持ちの良い天気。。。神様ありがとうございます。今日はケープのブドウで初めてのワインができました。そう、桶からすくったフレッシュなケープの新酒です。ワインはほとんどマスカット系で、他の白ワインも風味豊かで美味しいです。」 (クレインコンスタンシア社のサイトより)

南アフリカの最初のワインは白ワインから始まったようです。

次回に続く。

参考資料:

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
■「南アフリカ」-虹の国への歩み(岩波新書) 峯 陽一 著
クレインコンスタンシア社のサイト

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